3月1日

 インデザインスキルを習得したので、鉄道文学アンソロジー雑誌でも作ろうかと思って『輪るピングドラム』を考察してみた。その結果面白いことに気づいた。

 テーマはいうなれば「家族」なのだが、実はこの作品にはまともな形の「家族」を形成しているキャラクターはひとりもいない。両親不在の家庭で、懸命に家族ごっこを維持しようとするが次第に崩壊していく高倉三兄妹。姉の死を経て両親が離婚し、元に戻そうと努力するが父親の再婚により果たせなくなった苹果。苹果の亡き姉桃果に執着し、そのよすがを求めて偽装結婚した多蕗と時籠(この二人の名は南極物語のタロとジロが元になっている。置いていかれた者たちという暗喩?)。亡き祖父と、祖父とそりが合わず家を出た父の幻影に囚われ続ける夏芽真砂子。でももしかすると世の中は半分以上がそんな家族で、むしろ幸福な家庭のほうがはるかに珍しいのかもしれない……だが、そんな「透明な存在」になりかかった彼らには救いはないのだろうか?『輪るピングドラム』の中では、彼らには「運命の人」の手がさしのべられる。「運命の果実を一緒に食べよう」という言葉によって、すなわち誰かから愛され運命を共にすることで救われることができる。一方で、このりんごの形をした運命の果実は分割されていくごとに小さくなってしまう。また、本来運命の果実を与えられるべき相手の分まで奪ってしまう。そのため本来の相手は果実を奪い返そうとし、与えられた方は死守しようとする……このめぐりめぐる運命を変えることができるのは「献身」だった。かつて渡された運命の果実をあるべき相手に返すこと。そして運命を「乗り換え」ること。そのために呪いの炎で焼かれようとも……。

 何が言いたいのかというと、両親が不仲の子は不幸だとか、片親の子は不幸だとか申しますが、両親兄弟姉妹がちゃんとそろってない家庭なんて正直珍しくも何ともないんだからいちいち気にすることはないんじゃないか。確かに小さい頃にちゃんとした愛情をもらわないと、他人を大切にすることが難しくなる傾向はあるが、家族に限定しなくても愛情を与えてくれる人がいれば、その人を大切にすればいいじゃない。ということなんじゃなかろうか。
 ピングドラムは色々解釈が分かれる話なので、これもまたひとつの解釈に過ぎない。まあ自分で見て考えればいいじゃない。
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by Robin96 | 2012-03-01 21:47
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